言語聴覚士の仕事~脳出血の患者が本来の自分を取り戻すまで~

こんにちは!
言語聴覚士(ST)の喜志です。

今回は、

STが普段どのような仕事をしているのか

実際の事例を紹介してみたいと思います。


私が過去に経験した事例を元に
記事を書いておりますが、

個人情報保護のため、

できるだけ事実を変えずに
一部内容を修正しておりますので、
ご理解ください。

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〈脳出血を患い、笑わなくなったHさん〉

私が初めて
回復期リハビリテーション病棟で
働き始めた頃の話です。


その日、

50代女性のHさんが
入院して来られました。

Hさんは外出先で
突然意識を失い、

通り掛かった他人に助けられ、
救急車で搬送されました。


救急病院で診断された病名は、

"視床出血"

脳出血の一種であり
脳血管の中で2番目に出血しやすい
部位です。


視床は
数多くの感覚神経が密集しており、

人体を状態を正常に保つ
重要な機能も担っています。


救急病院では
集中治療室におられ、

意識朦朧としており

ほぼ寝たきりだったそうです。


病状が安定し、

回復期リハビリテーション病棟に
転院された時、

既に発症から
3週間が経過していました。


私が初めてHさんにお会いした時、

彼女はベッドに横たわって、

ひどく疲れた表情でした。


長い髪はボサボサ、

肌は荒れほうだい、

目は虚ろで

常に眉間にシワを寄せていました。


初めてお会いする患者に
緊張した面持ちで
私は挨拶すると、

意外にもHさんは
すぐに返答されました。

「はい…はい…、よろしくお願いします…」

病気の事について尋ねると、

「よく覚えてない…
脳出血で入院したらしいです…」

と、
か細い声で淡々と話されました。

体調や
今何か困っている事を聴いてみましたが、

「…何にもないです…」

「…どこも悪くないです…」

とのこと。


表情が読めない


人間は
コミュニケーションをとる時、

表情や声の抑揚の変化で
相手の感情を読み取ります。


ところが、

視床出血の多くの患者は、

表情も声の抑揚も
ほとんど変化しなくなります。


言葉のやり取りはできても、

感情が読めないため、

相手は強烈な違和感を感じます。


Hさんには
独立した息子さんがおられました。

息子さん曰く、

病前はとにかく明るさが取り柄の人で、

3人の孫達と
よく遊んでくれたそうです。


脳出血の後遺症で
Hさんは
一切笑わなくなってしまいました


Hさんのリハビリは
すぐに開始され、

理学療法(PT)

作業療法(OT)

言語聴覚療法(ST)

の3種が毎日実施されました。



<普段の”当たり前な事”ができなくなる高次脳機能障害>

Hさんの障害名は、

”高次脳機能障害”

複数の障害概念を包括した障害名ですが、

簡単に言うと、

人が普段”当たり前に行っている事”が
できなくなる障害です。


”集中する”

”歩きながら話す”

”道具を使う”

”計画を立てる”

”契約をする”

等々、
本当に当たり前の事ができなくなります。


Hさんの場合、

始めの1か月は
自発的に何かしようとされる事が
ほとんどみられませんでした。

ただ
聞かれた事に淡々と返事をし、

何かしたいと欲求を表すこともなく、

リハビリでも
言われたことを淡々とやるだけでした。


脳出血を患うと、

初めの3ヵ月程度は

まるで靄がかかったように
意識がはっきりしません。


Hさんのリハビリは、

発症後3か月経つまで

ひたすら脳に刺激を入れ続け
活動を促していく、

といった内容でした。


STはコミュニケーション障害の専門家です。


言葉による情報伝達ができれば良い
という訳ではありません。


対面でHさんと話しながら、

Hさんの感情に触れるような話題を
選択的に取り入れ、

Hさんの感情に訴えかけ続けました。


雑談するだけではリハビリになりません。

Hさんの脳が耐えうるタイミングで、

感情を引き出すような一言を入れなければなりません。


万人に効くようなテクニックはありません。

私とHさんの言語リハビリは、

いつも手探りでした。



<笑って「ありがとう」と言えるまで>

回復期リハビリテーション病棟における
Hさんのリハビリは、

4か月にも及びました。

その間にHさんは、

自分で車椅子を操作して
自由に移動できるようになりました。

担当スタッフには、

廊下ですれ違うと笑顔で挨拶してくれるようになりました。


私とのリハビリの時間では、

3人の孫たちの将来について
語ってくれるようになりました。


いよいよ自宅へ向けて退院準備を始めた頃、

私がHさんの病室を訪ねると、

3人の子供たちがベッドを囲んでいました。


Hさんは
子供達と笑いあって話していました。


「喜志さん

いつも言っている孫です!

こっちの子が上の孫で、これが真ん中、

この子が一番下です!」


そう嬉しそうに
孫たちを紹介してくれました。


騒がしい孫たちに向かって
Hさんが言いました。


「ばぁば、もうすぐ家帰れるからな!

来てくれてありがとうな!」


そして退院の日、

Hさんの身支度を整え、
化粧もされていました。

その姿は
4か月前にお会いした

疲れ切った抜け殻のような人物とは

まったく別人でした。



患者さんにSTが関われるのは、
ごく一部の期間です。

そして、
私達STの働きぶりは、

とてつもなく地味です。


ですが、
そんな地味なやり取りの中で、

患者さんが
自分自身を”取り戻していく”姿を

そばで見守れることに

この仕事の遣り甲斐を感じるのです。



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